記事作成者 天運教会 沖(おき)牧師
千葉生まれ。習志野高校出身。本当の教育を探していたら牧師になった。サッカーで全国大会を経験したことも生かして、サッカーを通して人生を教えることもしている。子どもから大人まで、すべての人が幸せになれる世界、平和な世界を作っていきたいと願っている。
好きな漫画ーイレブン!(サッカー)、キャプテン(野球)
好きな食べ物ーカレー 健康的なものが良い
私は、小学校の時にキャプテン翼に出会い(笑)、野球少年からサッカー少年になりました。それからサッカーが好きになり、高校時代は千葉の名門習志野高校に入学しました。
100人を超える部員の中で、レベルの高さに挫折しながらも最後はレギュラーになり、高校最後の大会で全国3位になりました。当時のサッカーの雑誌でベスト11にも選ばれたりするなど、自分の力以上のものを出すことができました!
今振り返ると、この時も神様が共にして助けてくださっていたことを確信しています。
高校時代 毎日の猛練習と厳しい指導者
さて、皆さんは全国3位とか聞くと、猛練習をしてきたと思いますよね?本当にしていました(笑)、毎日のようにしていて、いつしか、サッカーをするのが嫌になったりもしました。
そして、当時の指導というと厳しさと言うのが一般的にあったと思います。そのため指導してくれる人を意識しすぎたり、萎縮するところもあったかもしれません。指導者と言うと20代30代ならともかく、年齢を重ねれば重ねるほど、自分は動かないで指示をするのみの場合もあります。
選手は最善を尽くしているので、いろいろ厳しく言われたりすると萎縮したり不満をもってしまったこともあると思います。そして余計プレーがうまくいかなくなったりします。私の出会った先生はそうではありませんでした。
私が23歳の時、摂理に導かれて、当時53歳だった先生(鄭明析牧師)と一緒にサッカーをするようになりました。その時の衝撃は今でも鮮明に覚えています。本当に53歳なのかというほどのスピードと体力があり、すべての試合に出て走り回っていました。
前半はこっちのチームは、後半はあっちのチームに入り、共に走ってくれました。16チームに対して、全部入ってくださったと記憶しています。
50歳を越えて、若者と一緒にグランドで走ってくれて、グランド整備もする指導者
先生は、年齢を重ねてもまずは自分が実践する、言葉よりも実践の先生です!50歳を越えて、若者とグランドの中に入って、一緒に走ってくれる指導者はほとんどいないと思います。一緒に走ってくれるだけではありません。グランド整備も自ら先にしてくれるのです!
2002年千葉でのことを紹介します。
その時は2002年日韓W杯が終わったばかりということもあり、公園を管理している事務所にお願いをしたら、千葉の公園を1か月の間、無料で借りられるという奇跡も起きました。
普通は公共の公園なので、貸し切ることはできないですし、当時の看板にはサッカーは禁止という項目もあったぐらいです。それでも約1か月の間、奇跡的に自由に使うことができたのです。そしてそこまで公園の手入れが行き届いていなかったのですが、先生はその環境に不平不満をいうのではなく、芝刈り機を買ってくるようにアドバイスをくださり、まずは一緒に芝を刈り、グランドを共に作ってくださいました。
その後、小さいゴールしかなかったこともあり、大きめのネットを韓国から取り寄せてくださり、ゴールをつくるにあたってパイプを買うようにも教えてくださいました。そして、ゴールも自前で一緒に作ったりしてくれました。
グランドで走るだけではなくて、そのような環境つくりも自ら率先して行ってくれる先生です!周りの環境は、よりよく作り上げることができると実践しながら見せてくださいました!それだけではなくて、終わった後にご苦労様だと一人一人に果物を配ってくれたり、その後に男性たちとお風呂に行って、遠くから来ているメンバーにご飯をご馳走してくれたりしました。けがをしていた人にも気を配ってくださいました!
このような愛こそ神様の愛であり、キリストの愛だと感動しました!その姿を通して、私もそのように生きていきたいと思うようになったのです!
振り返ってみると、私にとっては、その実践する姿を通して教えてくださったことが一番大きいと思いました!その感覚は忘れないですし、自分もそのようにやろうと自然に思えるのです。
その言葉よりも実践する姿勢を先生は誰から学んできたのでしょうか?
神様、イエス様から学んでこられました。イエス様はどんな方でしょうか??聖書を見てみると、全人類を救うために、神様の愛をひたすら実践されてきた方です。そしてイエス様からは人間はなぜ生きるのか?など、人生に対して悩んでいた答えを先生は聖書を通してイエス様から教えてもらったのです。人間として生きる上で欠かすことのできない、本当の愛について、人生について、はっきりと正しく学び、その学んだことを実践してきてくださっています。
先生がサッカーを通して教えてくれたこととは
私は高校時代に今は読売クラブ(現東京ヴェルディ)のプロのコーチから学ぶ時がありました。本当に教えるのもうまいし、自分の考え方を変えてくれて、プレーも変わるようになり、チームとしてもレベルがあがったこともあり、全国3位まで行けるチームになったと思います。その中で学んだことは、ボールの止め方、体の向き、パスの仕方など、技術的なこと、戦術的なことが多かったです。もちろん、根性論ではなく、精神的なアドバイスもありました。
その当時は本当に自分の成長につながったと思います。
先生はプロのコーチが教える内容も教えてくれますが、さらに何があるのかと言うと、人生について、人間の根本について知った上で教えてくださいます。先生がサッカーを通して教えてくれることを実践することで、人間はどう生きるべきなのか、どこに向かっているのかという人間の根本的な問題も解決できるのです。
2002年の時、先生と共に走りながら学んだことを一つあげます。
先生はFWにいて、先生にパスをしてシュートをしてもらっていました。しかし、いつのまにか先生にパスをして、先生が決めてくださいという形になり、任せてしまって、押し上げていかない時がありました。その時、シュートが相手あたって、跳ね返り、こぼれ球を拾えなかったことがありました。その時、先生が「なぜ押し上げないのか」と指導をしてくださいました。
シュートが跳ね返ってきてもすぐに拾って、続けて攻撃できるように間隔を空けないようにしていればよかったのにそうしていなかったのです。これは今でも心に残っています。
先生の教えてくださることは、サッカーで終わるのではなく、人生もこのようにこうだと教えてくださいます。サッカーでシュートを打つ人だけに任せるのではなく、いつも準備しておいてこそ連続攻撃ができるようになり、ゴールできるように、そのように、普段の生活でも誰かに任せっぱなしとかではなく、自分ができることをしっかりと準備しておくことで、一緒にやるべきことがうまくいきます!
先生は、そのように教えてくださりながら、神様の御言葉を実践するようにしてくださり、永遠な霊の救いのためにもつながるようにしてくださいます!
2020年1月1日に教えてくださった内容
「今年はたくさんコーチしてあげよう」と思いました。コーチは簡単です。知っている人のコーチ、神のコーチは簡単です。それがサッカーにも野球にもテニス、卓球にも使える原理です。ボールが来たら押すけれども、まず引いてから、それから押すのです。打つのです。そうしたら弾かれることはありません。
このようにボールをトラップする時の核心を教えてくださいました!そして、先生が違うのは、ここです。「このようにこうだ」と教えてくださるのです!
「人を教え導く時もそうです。スポンジのようにまず吸収してから打つのです。そうしないと100 %全部弾かれてしまいます。」
→人を教える時、導く時に、すぐに教えようとしたり、直そうとしたりすると思うのですが、それだとはじかれてしまう、嫌がられてしまうとおっしゃり、まずは引くこと、吸収すること、理解することだと教えてくださったのです。
勝つことがすべてだったサッカー少年の私「サッカーを通して平和を成すとは何?」
私は高校時代、サッカーを通して、勝利をして全国大会に出ることが目標だったし、普段のサッカーの試合でも勝つことがすべてであり、自分のプレーの上達こそすべてでした。だから、サッカーを通して平和をなすという意味がよくわかりませんでした。サッカーの始まりを歴史的に見てみると、根本的にはオリンピックの目的である、スポーツを通して人間育成と世界平和ということになります。しかし、それは理想論であり、現実はそうではない状況もあります。
勝てば評価されるし、賞金も出たりするので、すべては勝つことが大事になっているのが現状です。その根本的な目的を覆してくださったのが、先生です!
多くの人が願っていても、現実でなせていない平和。そもそも平和とはどのようになすべきなのでしょうか。
先生は、真の平和はどのように実現するのか、人間は何のために生きていくのかなどを神様、イエス様から長い時間をかけて学んできました!だから、真の平和は、一人一人から始まるし、心から始まるとはっきりと教えてくださっています。
それは2000年前にもイエスキリストを通して伝えられていたことでした。
(マタイ13章31節~32節、ルカ17章20節~21節)
実際に先生が平和をなすために実践した姿を私は見ることができました。
1999年8月フランスでのサッカー大会で、先生は54歳という年齢でありながら、若者たちと共に一緒に走ってくださいました。試合の中で最善を尽くして、一生懸命走る姿も印象的でしたが、それ以上にハーフタイムや試合の合間で飲み物を配ったり、けがの治療をしてくださったり、一人一人を愛してくださった姿が印象的でした。先生は、サッカーの勝ち負けということではなく、サッカーを通して神様に栄光を帰し、サッカーを通してみんなが一つになり、平和になることを願っていました!
1999年8月に教えてくださった内容はこうでした。
1999年8月8日(日)主題:兄弟愛ともてなすことを続けなさい
本文:へブル人への手紙13:1−3
もてなすということは、食べること、寝ることだけではなく、言葉でよくもてなすこと、行ないでよくもてなすこと、人間としてもてなすことではないんですか。手厚くもてなさなければなりません。
また先生は、このようにおっしゃいます。
「サッカーは神様に捧げる賛美で、栄光で、歴史であり、御言葉の実践です。勝つより、平和と和同と健康のための時間です。サッカーを通して人生を生きる方法を学ぶのです!相手チームを敵だと思わず、恋人のように思ってやったし、平和サッカーだと教えました。」
→私は、先生に出会って、サッカーというスポーツの認識が変わり、サッカーに取り組む姿勢、サッカーを通して学べること、サッカーを通して教えたり、伝えたりすることが本当に変わりました。サッカーの根本について学べたことに心から感謝しています。
振り返ってみると、先生との出会いは、昔の自分の願い求めを神様が聞いてくださったこと!
私は大学時代、人生について悩み、人間は何のために生きるのか、その目的を知りたくて仕方なかったです。また、どうして世の中はこんなに争っていたり、事件が起こったりするのだろう。平和な世界はどうしたらできるのか、みんなが幸せな世界はどうしたらできるのかと考えていました。
そのような私の願いを神様が聞いてくださり、先生に出会わせてくださり、御言葉を教えてくださって、サッカーも共にしてくださりながら、人生を正しく導く方法を実践を通して、わかりやすく教えてくださいました!
神様は一人一人の求めをすべて聞いてくださって、時に合わせて導いてくださるということを感じました!
最後に、先生がサッカーを始めたのは、40歳を過ぎてからだと教えてくださいました。
当時、先生は講義ばかりして、肺病になってしまったそうです。先生は、その時、「病院で闘病生活をしないといけないのか!どうするべきだろう?」と思って神様に祈りました。すると「自分の体のことも考えるべきなのに、講義ばかりしすぎてこうなった」という霊感を受けました。
その時から朝6時から8時まで時間、続けて朝に運動をし、グランドを走り回りました。その時からサッカーもし、運動もしたのです。このようにサッカーをすることで、先生は健康になり、またサッカーを通して神様から学びました。そして、先生が朝から走るので、私達も朝から活発に走るようになりました。
先生は、普通はサッカーをやめるぐらいの年齢の40歳を超えて、サッカーを始めました。そして今、70歳を過ぎても10代、20代の若者たちと走っています!
一緒に走りながら、先生は人生を教えてくださっています。
神様の御心を成すために、自分の考えを空けて、生きてくださっています。
70歳を超えても健康で、走りながら人生を教えてくださり、真の平和をなしてくださっている方が先生です。
先生に出会い、学べたことに心から感謝します!