ハレルヤ!
とにかく更新頻度が低すぎますね、、このブログ、、
今日は気を取り直して書きます。6月中に絶対書きたい内容を書かないと。
1978年6月1日は、
鄭明析(チョンミョンソク)牧師がこの御言葉を伝え始められた記念すべき日です。
摂理歴史も今年で39歳。来年は40周年を迎えます。
時代の真理を携えて、たった一人で福音を伝えるようになりました。
当時の先生(鄭明析牧師)は、どんな気持ちだったんだろうなとよく考えます。
その当時、ソウルまで行くためには時間がかかったので、遅くならないように5月23日朝、出発しました。
007が持っているような鞄1つに、「30個論の縮小版図表」と、図表を見せるための「スライド映写機1台」を持って、出発しました。
父と母は、旅立つ私を見て苦笑いを浮かべながら、「気をつけて行ってきなさい」と言いました。
前にもよくソウルに行って路傍伝道をして、7~10日ぐらいして帰ってきていたので、両親は、今回も数日過ごしてすぐに帰ってくるだろうと思っていました。
私は母に、「すぐには帰って来られません。最後の挨拶です。本当です」と言いました。
母は、「帰ってこなければ、ソウルでうまくやっているということだから、良いことだよ。成功して、故郷に時々帰っておいで」と言いました。
母に希望を与えようと、「一緒に行く人たちもいます。その人たちの親戚もいて行く道で泊まる場所もあるから、あまり心配しないでください。それに神様もいらっしゃるじゃないですか」と言って、出発しました。
もし、先生がこの時、時代の福音をたずさえて、故郷月明洞からソウルに出ていかなかったら、日本にも福音が伝えられなかったでしょうから、感謝しかありません。
目に見える人は誰もいない中、神様と聖霊様と御子と共に、最初はお一人だった先生。
地球儀に手を当てながら、全世界の国名を挙げながら毎日お祈りされたそうです。
その祈りを受けて、私も導かれたことに感謝します。
先生が一人でソウルで福音を伝えられたこととは比べ物になりませんが、私も縮小した形で日本で摂理の教会がないところに、教会を建てに行く使命をいただいたことがありました。
これが私の牧師の道の出発点になりました。その経験を6月は記事にして書いていこうと思います。
次の記事へ続く・・・・