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天運教会-ヘブンズフォーチュンチャーチ

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2019年クリスマスの回想

今年は国内外で、さまざまな痛ましい事件や災害がありました。

誰よりも平和を願う思いで、この地を見つめていらっしゃるのが神様です。神様はこの2019年、どのような思いでこの地上を見つめて、私たちと共になさっていたのでしょうか。

私たち天運教会、ヘブンズフォーチュン・チャーチでは、今年は大変なこともありましたが、たくさんの祝福と喜びを頂いた年になりました。

感謝の意味を込めて、今年はたくさんの新しい友人や家族と共にクリスマスを過ごすことで企画致しました。

21日に教会のメンバーの大事な家族や友人、近隣の大切な方々をお迎えしてクリスマスパーティーを行いました。約300名の方が来て下さり、ビンゴやゲームなどをして楽しくすごし、美味しい手料理で大満足でした。

またこの日の目玉企画として、知り合いの劇団の方も来て下さり、この地で天国を成すための秘訣について、笑いあり涙ありの素晴らしい公演もありました。

24日には、クリスマス・イブ礼拝を行いました。仕事終わりの社会人たちも駆けつけて、たくさんの人でキャンドルサービスをして、キリストの誕生をお祝いして、聖夜を素敵に過ごしました。

25日にもクリスマス礼拝を行い、御言葉と賛美で素敵な時間をすごしましたが、イエス様へのプレゼントとして、最近御言葉聞いて教会に通い始めた、4人の若いメンバーたちからの愛の証がありました。一人一人の経緯が本当に感動的で、神様はすべての人に全く違うように、その人にあった形で働かれるということを改めて悟ることが出来ました。

年末は「師走」とも言いますが、本当に毎日が忙しく走っても、飛んでも、追い付かないくらいやることが多いです。

それでも今年のクリスマスは主が共にされ、例年になく恵みと愛に溢れた、素晴らしい時間を過ごすことが出来ました。

共にしてくださった愛する皆様、また様々に支えて助けてくださった方、改めて心からのお礼を申し訳あげます。

来る2020年が、愛する方々一人一人にとって、日本、世界にとって、平和で愛のある一年となることを心から願っております。

運が良くなるためには?

2019年も残りわずかとなりました。皆さんにとって、今年はどういう年だったでしょうか?

しっかりと締めくくり、来年はもっと良い年にしたいですね!

皆さんは「運」ってあると思いますか?そういうのを信じない、と言う方もいらっしゃると思いますが、人間の力だけではどうしようもないことがあるのも事実ですよね。

例えば人やチャンスとの出会いなんかはそうですし、スポーツなどでもすごく技術があって将来を期待されていた選手が不運な怪我をして引退を余儀なくされるような場合も、少なくありません。

人間の意思や努力ではどうしようもないことをまとめて「運」と言ってしまったりします。

ちょっと話は変わりますが、実は、私たちの教会の名前には、なんと!「運」が入っているんです!

…あ、ご存知でしたかね(笑)。

「天の運で立てられた教会」というところから由来があるのですが、「運」が良かったんです。本当に。その経緯のお話は、またいつかさせていただきます。

さて、「運」がよくなるためにはどうしたら良いんでしょうか?

そもそも「運」というのは、誰かもっていて、コントロール出来る人がいるでしょうか?

運を持っていて、コントロール出来る人がいるとするならば、それは神様だけですよね。

それならば、神様はどういう人に運をくれるのでしょう。

聖書には、すべての人に雨を降らせ、太陽を昇らせるように、神様は一般的な祝福はすべての人に与えると書いてあります。この人は苦しめよう、この人は祝福してあげよう、とえこひいきをする神様ではありません。

しかし、神様についてもう一言付け加えるならば、神様は石像のように固まっていて感情が一切ない存在ではありません。人間以上に感情豊かな方であり、喜んだり笑ったり、悲しんだり、時には怒ったりもします。

皆さんは、もし誰かにあげられる財産やプレゼントがある場合、誰にあげるでしょうか?

親しくない人に、あげようとするものの価値がわからない人に、苦労して得たものをあげたりしないですよね。価値を分かってくれる人や、それを使ってもっと良いことをしてくれる人にあげると思います。

神様も人間と同じです。自分のことを大事に思い、自分との約束を守ってくれる人に、より大事なものは与えられます。

神様からの特別な祝福があるとするならば、それは「義人」に与えられると言われています。

義人とはどういう人でしょうか。

神様が大事にするものを大事にし、神様の目から見て正しく生きる人のことを言います。

神様を愛して、義なる生き方をする人が義人です。神様が大事にする人々を愛して、大切にする人が義人です。

善人というのは、人の目から見て良い人ですが、人が見えているのは一部分ですし、心までは見えないので、「善人」と言われたり思われたりしている人が、凶悪な犯罪を犯したりすることもあります。

神様の目から見て正しい人は、人が見ていようが見ていまいが、1人でもいつも正しく行ないます。神様はそのような人に、運をくださるということです。

どんなに良くない状況でも、誰も助けてくれないときでも、1人でも「義人」として堂々と生きる人生を歩みたいものです。

そんな時、神様の「運」に自分が必ず乗っているはずです。

ご利益主義的な生き方をして運を待つ人生ではなく、神様が自分を見て「運」を与えたくて仕方がないような運を呼び込む生き方をする人生を歩みたいものです。

クリスマスの主人公

こんにちは、時田です(^^)

クリスマスはとても大事な日なので、今日は続編として再びクリスマスに関する記事を書きたいと思います。

ご存知の通り、欧米では祝日のクリスマス。イエス・キリストの誕生を国を挙げてお祝いします。

日本は祝日ではありませんが、雰囲気だけは負けていません。街には美しく楽しげなクリスマスキャロルが流れ、ケーキやチキンといったご馳走が並びますし、クリスマスツリーやイルミネーションを中心とした街の雰囲気が素敵ですよね。クリスマスの本当の意味は分からなくても、その時期は多くの人が心踊らせ、特別な時間を思い思いに過ごします。

私が師事する牧師先生は韓国の方なのですが、ちなみに韓国も欧米と同じようにクリスマスが国の祝日です。彼が以前来日された際、クリスマスイルミネーションで有名な、日本のある観光地に行かれた時の感想はこういうものでした。

「日本ではどのようにクリスマスを過ごしているのかを見に行ってみたら、一言で言うなら、主人公のいないクリスマスだった。」

誕生日なのに、その日の主役には全く関心を持たず、客人たちだけがただ飲んだり食べたりして過ごしている。主人公はどう思われるだろうか?と。

この話を聞いた時に、クリスマスはそういう日だったのか、と改めて深く知るようになりました。

彼とはそれ以降、何度も一緒にクリスマスを過ごすようになりましたが、毎年毎年、その時に出来る精一杯の努力で、イエス・キリストの誕生をお祝いしていました。

そして教会にイエス・キリストの誕生日をお祝いしに来る人たちを、イエス・キリストの代わりになって愛に溢れた御言葉と、様々なプレゼントや真心で歓迎し、キリストの愛を一生懸命伝えているのを見ました。

その時間を一緒に過ごしたすべての人が、キリストが生まれてきてくれたことに感謝し、そしてキリストの愛で自分が生まれてこれたことを分かって感謝する、幸せな時間を過ごしました。

その牧師は学歴も、お金も、これと言った取り柄もなかった幼少期、本を読みたくても買えないくらい貧しい家庭環境の中で、学校の教科書以外の唯一の本として、村の教会で配っていた聖書を手にするようになります。

小学生には難しい本ですが、繰り返し繰り返し読む中で、自分と同じような境遇の人々がイエス・キリストに会って、劇的に人生を変えたことを知り、自分もイエス・キリストがまた来る時には必ず会いたいと思ったそうです。

しかし、取り柄がない自分の所にイエス・キリストが会いに来てくれる自信がありませんでした。

どうやったら来てくれるだろうか?そう悩んで聖書を読み、祈りながらひらめいたことがありましたが、それが「世界で一番キリストを愛する人になること」でした。

「イエス様は愛が一番大事だと仰ったから、自分のことを本当に愛してくれる人がいると分かったら、イエス様もきっと会いに来てくれるだろう」。

彼はそのとおりの人生を生き、口を開けばいつもイエス・キリストがいかに私達を愛しているのかを教えてくれました。

イエス・キリストほど人のために、神様のために自分の人生のすべてを捧げた人はいません。

誕生日とは、誰かにお祝いをしてもらう日ではなく、むしろ自分を生んで下さった神様に感謝し、育て助けてくれた周りの人々に感謝をする日だ、と教会で学びました。

イエス・キリストは、神様の愛を伝え、命の尊さを言葉と行いで伝える生き方を、生涯貫いていかれました。

悪口を言われ、誤解され、冤罪で十字架につけられても、恨みごと1つ言わずに最後の最後まで神様の愛を伝えました。

2000年前、日本からは遠い遠いところにいた1人の青年。壮絶な彼の人生が、人類に衝撃を与え、彼は「愛と平和の王」と呼ばれるようになりました。

平成は「戦争のない時代だった」と言われたりしますが、世界では紛争や争いが絶えませんでした。2019年令和元年、今年も様々な痛ましい事件がありました。様々な衝突がありました。

日本に、世界に、「本当の愛と平和」が成される日が、1日も早く来ることを願ってやみません。

神様が愛と平和の世界を成すために送った主人公を、1人でも多くの人が知るようになることを心から願っています。

クリスマスの思い出

こんにちは、時田です( ^ω^ )

2019年も残りあと1か月、早いものです。12月と言えば、クリスマスですね。皆さんはどんなクリスマスの思い出があるでしょうか?今日は自己紹介も兼ねて、少し私のクリスマスの思い出をご紹介したいと思います。

「好きな季節は?」と聞かれたら、私は迷いなく「夏!」と答えるのですが、もう1つ挙げるならばクリスマスの時期です。それは子供の頃からの経緯と思い出がたくさん詰まっている季節だからです。

私は雪国で育ちましたが、日本海側の冬は空がいつもどんよりしていて、暗くて長〜いのです。そんな暗い冬の、唯一明るい時期がクリスマスでした。

田舎の静かで小さな街も、その時期は明るく賑やかで、家では小さなクリスマスツリーを飾り、いつもは食べられない美味しい料理を母親が作ってくれました。

イブの夜のドキドキ感は特別で、布団に入っても最初はなかなか寝付けず、サンタクロースに会おうと頑張るんですが、必ず毎年サンタが来る前に寝てしまうのでした。

私のところには小学生までサンタクロースが来ていたんですが、徹夜で仕事をするサンタクロースにクリスマスケーキを残しておいたら、ちゃんと食べてくれてお礼にクッキーが置いてありました。そして毎年、手紙もちゃんとありました。

ある年はクリスマスイブに弟と大喧嘩をしましたが、その年はサンタクロースが1日遅れて来て、朝プレゼントが何もない枕元を見て、大泣きして反省したこともありましたね。

教会に初めて行ったのも、母親に連れて行ってもらった小学生の時のクリスマスイブでした。母親はクリスチャンではありませんでしたが、キリスト教の教会に子供を連れて行きたかったようで、地元のカトリック教会のクリスマス礼拝に行ったことを覚えています。

初めての場所でしたが、蝋燭の火が灯る幻想的な雰囲気の中で歌う賛美歌がとても素敵でした。

どんな話を聞いたかは覚えていませんが、素敵な雰囲気だったことと、「主」という単語だけは深く脳に刻まれました。

「シュワキマセリ」という呪文のような言葉が楽しくて歌っていましたが、「主は来ませり」だと気付いたのは大学生になって教会に通うようになってからでした(笑)。クリスマスはサンタクロースにオモチャをもらう日ではなく、イエス・キリストというプレゼントを神様が人類に送って下さった日だと、後に知るようになりました。

サンタクロースを信じさせてくれたこと。

クリスマス教会に連れて行ってくれ、キリストを知る機会をくれたこと。

私は今、子供の頃に神様を信じる心の種を撒いてくれた、両親に本当に感謝しています。また、両親を通して働かれた神様に、感謝しています。

良き伝統は受け継ぎ、悪しき伝統は自分の代で止めて繰返さないように努力すべきです。

私は自分の子供達に、教会の子供達に、これから出会う子供達に、愛の種を撒くクリスマスの良き文化を伝え、引き継いでいきたいと思います。

時代は変わり、世の中は変わっても、クリスマスが子供たち、すべての人たちの希望と喜びの日であることを祈っています。

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